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ASKAの逮捕を受けて(2) [Column]

 5月19日、逮捕から2日後、最初のウィークデイ。早速、所属事務所とレコード会社は、ASKAおよびC&A名義のCD・DVD等の「販売中止」と「回収」の措置を執った。所属のユニバーサルミュージックとは契約が解除され、営利企業のコンプライアンスとやらを、ここ見たかに見せつけられた。

 他方で勢いを増したのが、中古市場。Amazonのマーケットプレイスでは、ASKA関連商品の異常な価格高騰が起こった。たとえば、全盛期のライブの模様を収めた『夢の番人』のBlu-rayは、小売価格が5800円+税だったものが、12万円以上にまで高騰していた。安いものでも3~4万円台はざらで、どの商品もいわゆる転売業者の思うつぼというような異常な値を付けていた。

 そうした“異常”な価格は、経済の需要と供給のバランスのとおりで、供給が一気に消えたことと、需要が一気に増したことが同時に起こり、そのような事態になった。

 というのも、逮捕後、「販売中止」が発表される前日までに、すでに“駆け込み需要”が加速度を増していた。iTunes Storeではランキング10位以内にC&Aの楽曲が数曲入るという“快挙”が起こり、AmazonでもC&Aのベスト盤が、AKBや嵐やEXILEと並んでランキング上位に位置していた。

 皮肉にも、連日ニュースやワイドショーでASKAが取り上げられ、C&Aの過去の楽曲がBGMとして使われることで、C&Aを知らない世代にまで認知が進み、改めて聴くと「良い曲が多い」と、再評価されるようにさえなっていたのである。結果、ワンクリックで買えるネットショップダウンロードサイトでは、売上が急速に増したということである。

 そのことと併せて、ネット上はもとより、テレビのコメンテーターらも、この「販売中止」という措置に対して、疑問視をする意見が出てきた。いくら作者が違法行為をしたとは言え、「作品には罪がない」のではないか、というものだ。

 これについては、自分がファンであるということを差し引いても、同意見である。

 結局のところ、「コンプライアンス」という名のもとに、消費者からのクレームや批判を恐れ、それから逃れるために、言わば「トカゲのしっぽ切り」のように、自分たちには関係ないものとして切り棄てた、ということだろう。もちろんレコード会社も営利企業である。犯罪者の作品を売ることや、それによって犯罪者に「印税」というかたちで、金銭が渡ることへの懸念もあるだろう。とりわけ今回は、薬物所持および使用の容疑と、それにまつわる反社会的勢力との交際の疑惑もある。営利企業にとっては、当然の判断なのかもしれない。

 しかし、それもやり方次第ではないだろうか。たとえば印税(著作権料)収入を、同じ薬物依存症者の更正施設や支援団体などに寄付するとか、ASKAの懐に入る前に、JASRACを通じてそういった措置を執ることなどは、できないものだろうか。

 とりわけ(出版権を持つ)所属事務所は、ずっと付き合ってきた“仲間”でもあるはずだ。レコード会社と同じように単に切り棄てて済ませるのではなく、ASKAの今後のため、さらにはこれまでのASKAの作品を無駄にしないためにも、そういった社会正義に則った“活用”のあり方を考えるべきではないだろうか。

 そんなことは営利企業のすることではないと言うのなら、NPOを立ち上げて、ASKAと一緒になって薬物撲滅運動を行なっていくなど、方法はいくらでもあるはずだ。むしろそのほうが、今後の彼にとっても、さらには今後業界内で同じようなケースが起きたときのためにも、良い効果が生まれるのではないだろうか。

 何ならすでにASKAはそんな音楽作品(商品)の活用方法を知っているではないか。ASKAは2013年に『僕にできること』というカバーアルバムを発売し、その個人収益を「SAVE THE CHILDREN」を通じて、東日本大震災の復興支援に寄付するという活動を行なっている。震災から時間が経過し、もう義援金など誰も言わなくなった時期にやるからこそ意味があると、彼は熱い想いで行なっていたはずだ。

 同じ想いを持って、同じ方法で、薬物依存からの脱却を支援してはどうだろうか。ASKAのCDやDVDなどを購入することで、薬物依存に苦しむ人の脱却の支えになる。購入者はそんな想いを持って買わなくとも、結果として、そういった人たちを救うことができる。そんなツールとして、ASKAのこれまでの作品を活かしてみてはどうだろうか。出版権を持っている所属事務所だからこそ、できることだと思うのだが。

 何でもそうだが、切り棄てることで責任を取るというのは、結局は責任逃れでしかない。そんな責任の取り方ではなく、ちゃんと当人と向き合って責任を取って欲しい。

 決して彼の行いを許すのではない。罪は罪として償わなければならない。しかし、切り棄てていては、救われない。また同じ過ちを繰り返すことにも繋がる。決して彼を擁護するのではなく、彼の過ちをきっかけに、彼の作品を活かすかたちで、彼を支えてきた責任を果たしてほしいように思う。

 一ファンとしての願いである。
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